こんにちは。
心理カウンセラーの椙山眞伍ヤタです。
今日はココロノマルシェより、お悩み相談を頂きましたので、こちらにお答えしたいと思います。
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おかぴさん
アラサー独身女性です。先日、とある婚活系のYouTube動画にコメントしたらお叱りのコメントが複数ありました。
私が書いたコメントは
「久しぶりに高校の同級生に会ったら、あっさり教員を辞めて専業主婦になっていてびっくりした。性格的に根性があるタイプだと思っていたので(家庭に入ったのは)意外だった」
というような内容です。
(もちろん友人にその場で驚きを伝えたわけではなく、私が心の中で思ったことです。)
これに対し
・辞めたのは事情があるかもしれないので、仕事を辞めただけで根性無いと思われたら悲しい
・あっさり辞めたかどうかは分からない。働きたくても働けない人もいる。自分もそうなのでグサッときた。
というようなコメントを頂きました。
このコメント受けた私は正直、そこまで配慮しなきゃダメ?と思ってしまいました。
(特にそのyoutubeチャンネルは共働きを強く推進しているので、働けない主婦の方からそういうコメントが来るのはちょっと予想外でした。)
事情があるかもしれないのは確かに念頭に置いた方がいいなと反省しましたが、本人に伝えないなら、このあたりの感想は自由だと思うんです。
ネガティブな印象持たないでね!みたいな圧にどうも納得が行きません。
きっと友人は友人で私に対していろいろと感想を抱いていると思います。
この子30過ぎてまだ独身なんだな~とか(笑) でもそう思うのも友人の自由だと思います。
ちなみにその友人とバッタリ会った際
「私はいつでも暇だからまたご飯行こうよ」と言ったら、友人は「え?暇ってどういう意味?」と怪訝そうな顔をしました。
「ああ、平日は働いてるけどね」と補足すると、「よかった~ニートかと思ったよ」と言われました。友人も働いていない人のことを”ニート”と表現しているあたり、正直そこまで考えてなさそうです。
「配慮」ってどこまでするべきでしょうか?
正直、独身の私はそこまで配慮をされたことがないので、求められるばかりだなあと感じており、今回のコメントに納得いかない理由の一つであることも自覚しています。
普段の私はむしろ、相手に遠慮して言葉にするのをはばかる場面も多いので、これ以上まだ配慮配慮か・・・と思うとちょっと気が重いです。
批判コメントしてきた人たちも含め、あの人は言いたいこと言ってるのにな~とかどうもモヤモヤします。
皆様のご意見が聞きたいです。よろしくお願いします。
ご相談ありがとうございます。
SNS等のコメントって気を使いますよね。
その中で感じてらっしゃる「配慮」という文字。
今回はこの「配慮」に視点をおきながら、回答したいと思います。
「そんなに配慮しなきゃダメ?」—そのモヤモヤ、よくわかります
今回のことについてモヤモヤされているお気持ち、とてもよくわかります。
誰かに直接伝えたわけでもなく、自分の中の率直な感想をコメントしただけなのに、それに対して「もっと配慮すべき」と指摘されると、ちょっと窮屈に感じてしまいますよね。
「そんなに気を遣わなきゃいけないの?」と思ってしまうのも、自然なことだと思います。
また、「自分はそこまで配慮されることがないのに、こちらには配慮を求められる」という不公平感も、おそらく根底にあるのではないでしょうか。
これは、日々の積み重ねの中で感じる小さな違和感が、積もった結果かもしれません。
2. あなたの思いやりは、決して間違っていません
おかぴさんが、普段から相手に遠慮して言葉を選んでいるのは、思いやりがあるからこそだと思います。
「本音を言うと相手が傷つくかもしれない」と考えられるのは、それだけ優しく、周りを気遣える方だからこそ。
そんなおかぴさんが「これ以上まだ配慮、配慮か…」と感じるのは無理もありません。
(それぐらい、日常生活のなかで色々なことに配慮されているのだと思います)
また、今回の出来事についても、決して配慮のない発言をしたわけではなく、ただ率直な感想を述べただけ。
状況によっては誰もが抱く感情であり、おかぴさんの感じ方が間違っているわけではないと思います。
3. 「相手の気持ちを考えられる」あなたの素敵な強み
おかぴさんの素直な感受性や、物事を深く考える姿勢は、とても素敵なもの。
それだけ人の心に敏感だからこそ「配慮すべき」という意見にも気を留めてしまうのだと思います。
(全く敏感では無かったら、今回のことも全く悩みませんから・・。それぐらい相手の気持ちを考えられる繊細さをもっているのだと思います)
でも、その「配慮」について、どうバランスを取るべきか、悩んでしまいますよね。
配慮についてのバランスは、今後の課題と言えると思います。
4. なぜ「配慮を求められるばかり」と感じるのか?
ここで、一つ考えてみたいのは「なぜ、こんなにも配慮を求められることに違和感を覚えるのか?」という点です。
「自分はそこまで配慮されていないのに」という気持ちや「言いたいことを自由に言っている人たちは、なぜ自分には配慮を求めるのか?」という疑問があるからこそ、納得しづらいのではないかと思うんですね。
そのぐらい、毎日の生活の中で配慮という「我慢や犠牲」があるんだと思いますが、いかがでしょうか?
何かしらの抑圧した気持ちや想いが、そこにはあると思います。
5. 本当の不満は何?」—配慮の不公平感について
もしかすると、あなたがモヤモヤしている本質は、「配慮そのもの」ではなく「配慮を求められる側と、求められない側の差」にあるのかもしれません。
例えば
「私は結婚していないけれど、既婚者の人は私の気持ちにそこまで気を遣っているわけではないのに、なぜ私は既婚者に配慮しなければならないの?」といった気持ちが根底にありませんか?
この状態を心理学では、「期待の非対称性」と呼んでいます。
この心理は、自分がされていないことを、自分が他人に求められると、不公平感を抱きやすいという心理のこと。
たとえば、普段あまり褒められない人が、誰かを褒めなければならない場面になると「なんで自分だけ?」と感じてしまうのと同じですね。
また、「共感疲労(エンパシーファティーグ)」という概念もあります。
これは、他人の感情に配慮し続けることで、心理的に疲れてしまう状態のこと。
あなたが感じている「これ以上まだ配慮か…」という思いは、この共感疲労の一種かもしれません。
7. 解決策の提案
じゃあ、どうしたらいいのか?という解決策ですが・・。
今回、提案するのは「配慮する・しない」の二択ではなく、「どこまで配慮するか」という境界線を自分で決めること。
まさに「自分軸」の概念を意識することがポイントです。
例えば
「公の場ではできるだけ言葉を選ぶけど、個人的な感想は自由に持つ」
このようなルールを自分の中で作るのも一つの方法です。
また、もし「配慮を求められるばかりで不公平だな」と感じたら、「じゃあ、私は私に配慮してくれる人と関わる」と考えるのもありです。
世の中には、あなたと同じような価値観の人もたくさんいますから、常に自分はどうしたいのか?という自分のルールを持つことが大切なんですね。
この部分がないと、自分が納得していないのに、過剰に相手に合わせてしまいモヤモヤしたり。
時には忖度して我慢や犠牲をしてまうことにも、なりかねません。
自分のルールは自分で決める。
自分の本音に素直になること。
ぜひ、この自分軸の概念を再確認してみて下さいね。
8.カウンセリングの提案
もし、「もっと本音を言える関係を築くにはどうしたらいいのか?」と悩むことがあれば、一度カウンセリングで整理してみるのもいいかもしれません。
「どう伝えたら、自分も相手も心地よくいられるか?」という視点で話すことや、自分軸をどうすれば確立できるのか?より実践的に納得のいく答えが欲しい時には、ヤタのカウンセリングをぜひ、ご利用くださいね。
今回はご相談ありがとうございました。
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