「また見捨てられる」が口癖になっていた話~返信が遅れただけで「ほら、やっぱり」と確信していたあの夜~

こんにちは。
心理カウンセラーのヤタです。

今日は、僕がずっと抱えていた「また見捨てられる」という思い込み。

これを読んでいる方も、ひょっとしたらこんな気持ちがある方もいると思って、書いていきます。

この思い込み、かつての僕にとって口癖のようなものでした。

声に出して言っていたわけではありません。

でも、心の奥でいつも「どうせ、いつか見捨てられる」とつぶやいている自分がいました。

そして今振り返ると、この口癖こそが、僕の恋愛をことごとく壊していった正体だったんですね。

目次

① 返信が少し遅れただけで「ほら、やっぱり」と確信した夜

ある夜のことです。

付き合っていた彼女に、僕は何気ないメッセージを送りました。

内容は本当にどうでもいいような、その日あったことの報告。
いつもならすぐに返ってくる返信が、その日はなかなか来ませんでした。

10分、20分、30分。

時計を見るたびに、僕の心臓はギュッと締めつけられていきます。
そして、頭の中に、聞き慣れた声が響き始めるんです。

「ほら、やっぱり」

「もう、お前のことなんてどうでもよくなったんだよ」

「他の男といるんじゃないか」

「いよいよ見捨てられるぞ」

たった数十分、返信が遅れただけなんです。

彼女が仕事中だったのか、お風呂に入っていたのか、スマホを見ていなかっただけなのか。

可能性なんて無数にありますよね。

でも、当時の僕には、その可能性は一つも浮かびませんでした。

僕の心は、いつも「見捨てられた」という結論にたどり着いていたんです。

そして、不思議なことに、その結論に妙な安心すら感じていました。

「ほら、やっぱりそうだった」と。

② 「見捨てられる」という前提フィルターの正体

どうして、こんなことになってしまうのか。

僕の場合、原点は生後1ヶ月にありました。

産みの母親と父親が離婚し、僕は母親の顔を見ないまま、父親方に引き取られて育ちました。

幼い心に、僕はある「前提」を刻み込みます。

それは「僕は女性から見捨てられる」というものでした。

この前提が、その後の人生をずっと支配していくことになります。

ここで、僕が今だからこそ言えることがあります。

心の中に「見捨てられる」という前提があると、その前提をフィルターにして、目の前で起きるすべての出来事を判断するようになるんです。

・返信が遅れた。 → ふつうなら「忙しいのかな」で終わる出来事。 → でも僕のフィルターを通すと「ほら、見捨てられる」に翻訳される。

・デートの約束を相手が一度断った。 → ふつうなら「予定が合わなかっただけ」。 → 僕のフィルターを通すと「やっぱり僕より大事なものがあるんだ」。

・相手が少し疲れた顔をしていた。 → ふつうなら「今日は疲れてるのかな」。 → 僕のフィルターを通すと「僕といるのが嫌になったんだ」。

中立的な出来事、つまりそれ自体には良いも悪いもない出来事を、フィルターがすべて否定的に翻訳していたんです。

恐ろしいのは、本人にはこれが「翻訳」だという自覚がまったくないこと。

つまりは、無意識のうちに「翻訳」を事実だと思っている事なんですね。

勝手に翻訳した出来事を「彼女は僕を見捨てようとしている」という、揺るぎない事実だと信じ込む。

そしてもっと厄介なのが、この前提は「証拠」を探しに行くということです。

(これって、本当にめんどくさいのですが、無意識の力って本当に恐ろしいんですね)

人の心というのは不思議なもので、自分が信じていることを裏付ける証拠ばかりを、無意識に集めようとします。

「見捨てられる」と信じている僕は、彼女の言動の中から、見捨てられる証拠ばかりを探し出します。

優しくしてもらったことは「いつか裏切るための前ぶり」に見え、 冷たくされたら「ほら、やっぱり始まった」と思い、 何をされても、結局は「見捨てられる」という結論に着地する。

これでは、どんな相手と付き合っても、うまくいくはずないですよね。

あなたも、小さな態度を「拒絶のサイン」に変換していませんか?

ここで、これを読んでくださっているあなたに、少しだけ問いかけてみたいことがあります。

もしあなたが、

  • 相手の返信が遅れると、強い不安に襲われる
  • 相手のそっけない一言を、必要以上に重く受け止めてしまう
  • 「嫌われたかも」「見捨てられるかも」という考えが頭から離れない
  • 相手の何気ない態度を、いつも悪い意味に受け取ってしまう

こんな経験に心当たりがあるなら・・。

あなたも知らず知らずのうちに、何かのフィルターを通して、相手の態度を「拒絶のサイン」に変換しているのかもしれません。

これは、あなたが弱いからでも、おかしいからでもありません。

僕がそうだったように、過去のどこかで刻まれた「前提」が、今もあなたの心の中で静かに働き続けているだけなんです。無意識のうちに、です。

改善のために——僕がたどり着いた二つの「気づき」

では、この苦しいループから、どうやって抜け出していけばいいのか。

僕自身、長い時間をかけて、ようやく二つの大切なことに気づいたので、ここでシェアしたいと思います。

完璧な答えではないかもしれませんが、僕を少しずつ楽にしてくれた気づきです。

1つめ。自分の中の「痛み」や「怖れ」の感情に気づくこと。

返信が遅れて「ほら、やっぱり」と思ったあの夜。

僕がもし、あのときに立ち止まって、自分の胸の内を見つめることができていたら、こう気づけたかもしれません。

「ああ、僕は今、すごく怖いんだ」

「見捨てられるんじゃないかって、おびえているんだ」

「この胸の締めつけは、怒りじゃなくて、ずっと昔から抱えている痛みなんだ」

僕は長いあいだ、この怖れや痛みを、まったく自覚できていませんでした。

だから、その感情に振り回されるまま、彼女を責めたり、試したり、破壊工作をしたりしていたんです。

(ここだけ切り取ると、ヤバイ奴です)

でも、感情というのは、気づいてあげるだけで、少しだけ静かになります。

「ああ、僕は今、怖がっているんだな」って。

それだけで、衝動的に相手を責める前に、ほんの少しの「間(ま)」という余裕が生まれるんですね。

この「間」を作ることで、感情に飲み込まれない秘訣になります。

2つめ。自分が出来事を「どう捉えているか」に気づくこと。

これが、本当に大切なことでした。

返信が遅れた→これは事実です。

「だから見捨てられる」→これは僕の解釈です。

僕はずっと、この二つを完全に混ぜこぜにして生きてきました。

事実と解釈が、頭の中でぴったりとくっついていて、区別がつかなかったんですね。

だから、彼女が返信を遅らせるたびに、僕の中では「見捨てられた」が”起きてしまった事実”として、捉えていたんです。

でも、本当は違いますよね。

起きた事実は「返信が30分遅れた」ということだけ。

そこに「見捨てられる」という意味をくっつけたのは、僕自身のフィルターです。

ここに気づけると、自分にこう問いかけられるようになります。

「今、起きた事実は何だろう?」
「そこに、僕はどんな意味をくっつけている?」
「その意味は、本当に事実なんだろうか?」
「 それとも、僕のフィルターが作り出した解釈なんだろうか?」

事実と解釈を、ていねいに切り分けていく。

最初はうまくできません。

長年くっついていたものですから、そう簡単には離れてくれない。

でも、何度も何度も、「これは事実? それとも解釈?」と問い続けるうちに、少しずつ、その二つの間に隙間が見えてくるんです。

(心の問題の多くは、筋トレと同じで経験を積むことで、改善することができます)

おわりに

「また見捨てられる」が口癖だった僕は、長いあいだ、自分で自分を苦しめていました。

中立的な出来事を、すべて「拒絶のサイン」に翻訳して、来てもいない別れに、毎日おびえていたんですね。

でも、それは僕が見ていた「現実」ではなく、僕のフィルターが映し出していた「幻想」

もし今、あなたが同じように苦しんでいるなら、どうか責めないであげてください。

あなたのその不安は、あなたが悪いから生まれたものではありませんから。

まずは、自分の中にある痛みや怖れに、そっと気づいてあげること。
そして、自分が出来事をどう捉えているのかに、気づいてあげることからスタートです。

「これは事実? それとも、私の解釈?」

この問いかけから、少しずつ、自分自身を取り戻していけます。

僕がそうだったように、あなたもきっと、大丈夫ですから、一歩づつスタートしていきましょう。

それでは。。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

現在、ヤタの初回無料セッションを募集中です!

・恋愛や夫婦関係の問題
・人間関係のお悩み
・仕事や職場での問題
・お金の問題
・別居や離婚問題 
・男性心理の解説 など

皆さんのお悩みを、一緒に解決に向けてサポートします!

ぜひ、一度、ご相談くださいね。

ヤタのメルマガ講座がスタートしました!
メール講座に登録で、3大特典をプレゼント中

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次